見るなキタ━(゚∀゚)━!

トイレの「小」の方で流せるタイプの文章を書きます。そしてお前を許さない。

ドラマ『下町ロケット』ゴースト編2話まで

ドラマ『下町ロケット』ゴースト編2話まで見た

好きなんだけど、う~ん、俺がロケット打ち上げ編から5年で変わったのか…?

 

あらすじ

佃製作所はロケットバルブを作る小さい中小企業。しかしその高い技術力から、帝国重工という大手会社の民間ロケット制作のバルブを委託されている。艱難辛苦あり佃社長の夢、ロケット打ち上げを達成し順風満帆と思ったものの、帝国重工にロケット制作は利益の割が合わないので辞めようという派閥が台頭。それと同時に佃製作所との締結も打ち切られそうになる。

主力のロケットバルブが作れなくなるとまずいと、他の部品制作に身を乗り出しトランスミッションの開発に移ることを決意。

そこでギアゴーストという元帝国重工の社員が独立して作った会社のコンペに佃製作所制のトランスミッションを提出し委託販売をしようとする。

しかしコンペの相手は大手トランスミッション制作会社。真っ向から技術勝負で戦おうとするものの、トランスミッションに関しては一日の長がある向こうに負けそうになる。

ある日、佃製作所側は自分たちがかつて作った人工心臓弁で夢を叶えサッカーをしている少年に会う。その姿を見て、自分たちが力を入れるべきは技術ではなく、その技術で人を幸せにすることだと気付き、トランスミッションを作り直す。

コンペの日、技術力では圧倒的に大手に負けたが、トランスミッションを使ったトラクターの乗り手のことを一番に考えた耐久性能でコンペを勝ち取る。

佃社長はこの勝利から、今ある技術やモノだけで戦うのではなく、この技術を使ってその先にある夢を叶える事が大事だと気付き、もしロケットが作れなくなっても、新たにチャレンジすればいいと決意を改める。

そしてその次の日、帝国重工から次のロケットでは佃製のバルブシステムを使えないと言い渡される…。

 

というのが一話。多分。記憶が薄い。

 

バルブシステムを使えないと聞いた佃社長。実は帝国重工は今ロケット制作反対派の圧力でロケット制作自体が打ち切られそうになっている。その対策として次のロケットをもっとより良いものにしたい。そのためには今のバルブシステムでは不足であり、もっとよいものを佃製作所に作って欲しいと依頼される。納期や金策がギリギリであるが、佃はどうにかこれを承諾し制作に取り掛かる。

一方佃製のトランスミッションを採用し利益を勝ち取ってくれるはずのギアゴーストに異変が起きていた。

なんと特許侵害で訴えられ15億円もの賠償金額を請求されていたのである。このため佃製作所の大事な収支になるはずだった契約も一旦破棄。ギアゴーストは融資を求めツテを当たるが大金を貸してくれるところなどあるはずもなく、倒産の危機を迎えていた。

それを聞いた佃社長はどうにか出来ないかと知り合いの弁護士に相談。すると逆にギアゴーストの特許を相手側が侵害してる可能性があり、その部品を見つけ出せれば交換条件に佃製作所側がタダでギアゴースト社を買収できるのではないかと提案される。現在お金に困っている佃製作所からすれば願ったり叶ったりなので、社員たちは大盛りあがりで特許侵害されてる部品はないか探し始める。

そんなある日、佃社長はギアゴーストの制作を一手に担う副社長とたまたま出会い、彼女の半生を聞いてしまう。父親に憧れて機械いじりばかりしていたという副社長の話に共感。更に、ギアゴーストという会社が産まれたのは、社長副社長が帝国重工で出る杭として打たれいわゆる「幽霊部署」に飛ばされ夢を破られた、その結果独立して産まれた会社「ゴースト(幽霊)」だということを知る。

その話を聞いた佃社長は、世の中はマネーゲームではあるが思いやりを失ったら意味がない、思いやりで人が喜ぶ部品を作ってるんじゃないかと熱弁を振るい、ギアゴーストに自分たちがセコい手で買収をしよとしていたことを素直に話し、以降協力することになる。

その後、佃製作所の方針とギアゴーストとの方針が噛み合わず喧嘩しながらも、お互い認め合い特許侵害を発見。しかし更に良く調べてみると特許侵害とは認められず結局ギアゴーストの夢は破れてしまう。

 一方で佃製のロケットバルブはギアゴーストの人が教えてくれた素材を利用し成功。

その恩に報いるためにギアゴーストを15億で買収し助けることを誓う。

 

ってのが二話かなあ。多分。

 

感想(前置き)

好き嫌いをはっきりさせ、嫌いな物語はどうやったら好きになるのか、それこそが物語制作の練習になるってピクサーの人が言ってました。俺はそれに従います。素直に思ったことを書く練習でもあるので口悪くなるかも。気に障ったらおかきでも食って好きな人と手を繋いで忘れてください。

 

感想

下町ロケットは一番最初のロケット打ち上げ編で痛く感銘を受けてすごい好きで、やっぱフィクションだからこそ夢とか綺麗事を語るのは良いと思うんですよね。現実は金に強欲なやつが勝っちゃうからね。

だからテーマや佃社長が言ってることはすごい好き。夢は何度でも見ればいいとか、どんな時でもフェアにやろうとか。人のためにやるのがものづくりの出発点で、そこを忘れてはいけないとか。俺はそういうの大好きです。

けど、ゴースト編(2話時点)だけで言うとちょっと弱いかなあ。当時のツイート見るとガウディ編も最初微妙だけど最後は良かったって書いてあるから全部見たら分からんが。

ドラマ全体で「最終的にどうなりたいのか」っていう青写真が見えないのが推進力の弱さを招いてる。例えば「ロケット打ち上げにこれだけの思いがあります」「最終的にロケットを打ち上げたい」そのためにどんどん困難が押し寄せてくる。っていう形だからこそ最初の章が一番面白かったのかなあと思う(記憶ないけど)。

ゴースト編はロケットバルブの供給が打ち切られる→どうしよう、別のこと考えよう。他のことに手を出すけどうまくいない→どうしよう、なにか手を打とう。っていう目先の問題に対応してるだけになってるから、ストーリーにはなってるけど、結局「何の話だったの?」って疑問が生まれる。

多分、似た者同士だけど夢が叶う側・敗れる側として、それぞれ佃製作所、ギアゴースト社を対置して、佃製作所はギアゴーストを見捨てれば自分たちは上手くいくけどどうする?って話にしたいんだとは思う。でも見捨てないことですごい大団円に向かう、のかな。

けど一個全編通してのデカい目標がないからロケット作りとギアゴーストとのアレコレが別の話に思えてしまう。

例えば2つの会社が協力することでロケットを作りましょうって目標があって、その過程でギアゴースト側が「俺達はここまでのようです。先へ行ってください」みたいな切り捨てイベント発生、佃製作所はリスクを負いながらも同じ夢を持つものとして「諦めるな」と手を差し伸べる。戯画化しちゃったけど、こんな展開だったらもっと好きだなあ。

2話の最後で佃製作所が自分たちのリスクを背負ってでもギアゴーストに15億を貸そうと決意するシーン。言ってることは好きなんだけどもっとギアゴーストに可哀想感が欲しい。

佃社長が「ギアゴーストは技術を愛してる。すごいことなんだ。使う人の幸せを考えて一生懸命やっている。尊敬できる。訴えてきた大手会社は自分たちにはそれが出来ないからイチャモンみたいな特許侵害の訴えを出してギアゴーストを潰そうとしている。あいつらにはそんな技術がないから、それを踏みにじっているんだ」という台詞は好き。

けど、ならばもっとギアゴーストの愛する技術を敵に踏みにじって欲しい。

現状は、佃製作所とギアゴーストの社員が一緒に部品を精査するのに喧嘩してその後お互いの長所を認めあいましょうってギアゴーストの副社長が学校の先生のようなおおらかさでみんなを諭すが、これじゃないんじゃないか。例えばもっと単純に佃製作所側がギアゴーストの技術すげえって言ってリスペクトするエピソードを入れる。こんなにすげえ技術力を持ったギアゴースト社が金の問題で消えちまうのか…?って話にする。

で、更に敵側には「技術なんていらない。どうやって効率よくライバルを蹴散らしてものを売るか。技術なんかに心血注いでも無駄なんですよ」とか、大切なものを踏みにじらせることを言わせて、めちゃくちゃヘイトを貯める。

で、特許侵害返しできるか?と思わせて出来ない。がっかりしたけどギアゴースト側は「手助けしてくれてありがとうございます」って悲しいところは微塵も出さずに笑顔で帰る。

アゴースト社に帰るとあれだけ共闘し尊敬した社員達がすげえ悔しそうにしている。すごい技術を持っているのに、敵の狡猾な手段で失われていく。社長「すまない。これでギアゴーストは終わりだ」社員「社長のせいじゃないですよ」みたいなやりとりで敵へのヘイトとギアゴーストの可哀想度(助けてあげたい度)を高めていく。

って追い詰めた上で先述の佃社長の台詞を吐かせれば感動できる!と思う!

俺は綺麗事大好きだけどやっぱそのまま言っても仕方ないとも思ってるから、どんだけ「現実ってこんなもんだな」「自分が危険な目にあってまで(我社の安定を捨ててまで)助ける意味ないよな」と思わせられるか。それでも「助ける!」と言えることにフィクションとしての意味があると思います。

 

まとめ

全編通しての物語の最終目標地点がある方が好き。

夢や綺麗事は「絶対諦めたほうが楽じゃん」「仕方ないよ、世の中こんなもんだよ」って嫌になるくらい追い詰めて「それでも夢を捨てるのは違う!」って逆転して超絶ハッピーエンドになる、先が読めようが最高に王道の話が俺は大好きです。

 

終わり

すげえ腹立つことがあり、思わずワンツイートしたら止まらなくなったツイート群をこちらにコピペしてツイートを消してクリーンなTLを目指します(フォロワー減ったので)

 

以下ついっとコピペ

 

絶対エロ動画やエロ漫画で抜いてる人間が普通の映画や漫画に対して女性に対する価値観アップデートしてとか言ってるの滑稽すぎるだろ。しょーもな

 

女を抱きたいと散々女をモノ扱いしてるデンジくんは褒め称えて「斬新」「かわいい」とか言いながらおっさんが書いたラブコメに出てくるおっさんが言う「キャバクラ」発言には価値観古い言うやつはクソみたいなアニメ見て深い考察してる風の自意識高い痛い大学生だろ。そういうのにいいね付けるな

 

若い人が書いてて若い人にウケる漫画は全受容しておっさんが書く漫画にだけ文句言うのは脳みそ使ってないくせに自分の意見があると思い込んでるインターネット流され野郎なんだよ。そういうやつが上っ面のしょうもない綺麗事言っていいねという数の暴力で支持されるのがマジで腹立つ

 

結局価値観アップデート厨も作品の支持率や好き嫌いで意見が変わる。さしたる定義も持たないで自分の不快感を「価値観のアップデート」と名付けて否定してるだけ。ツイフェミとやってること変わらん。

 

あとそれとは別にクズを断罪して排斥しようとするのもインターネットの悪いところだよ。荒らしはクズだしタバコ吸う奴はバカだし差別する奴はゴミだけどそいつらが存在すること自体は認めろよ。そんなにはみ出しものが怖いんか?自信持って生きろよ。正義なんか振りかざすな

 

こういうこと言ってると同居人に「インターネットやめた方がいいスよw」と言われる。誠にそう

 

結局オタクも快不快でしかものを語れなくてネットに無限に存在する専門用語や哲学的なあれこれを塊魂みたいにコロコロ転がしてデカくして星を作った気でいるだけ。快不快で他人の存在を抹消しようとするな。嫌ってもいいけどいつでも握手は出来るようにしとけよ。それくらい自分を磨け

 

みんなが推しを持つせいでみんな偶像崇拝に自分の権利を委ねて任せっきり。「センセーあいつがチャット欄荒らしてます!消してください!」。自分の物語は自分で語れよ。与えられた幸せに逃げるな

 

昔からそういうもんなんだろうし分かりやすい逃げ道が出来て誘導と可視化が起こってるだけなんだろうな。人間なんて何にも成長してない。色々良くなったなんて大嘘。制度は改善されてても人間自体は変わってないね。今の社会システムを100年前にぶち込んでも結果的に今と同じような社会になるだろう

 

こういう自分の歪んでるところは俺の強みだなって思えるようになったからすごい成長したな。一周回っただけかも知れんけど、一周回った分成長してるから

 

まあ何にキレてたかっていうと漫画のコメント欄にキレてた。本当に浅い正義を振りかざしてる人の多いこと多いこと。これならまだ素直につまらんとかいって叩かれてる方がマシ。

さっきだってワンピースのパンクハザード編読んでて下半身が毒ガスで動かなくなったやつにトラファルガー・ローが能力で動物の脚を付けてまた動けるようになったってエピソードがあってね。助けられた奴らは「ありがてえ」つってんのよ。そしたらコメントで「脚を奪われた動物はどうしたんすかねえ」ってクソかよ。お前動物食ったことないのか?養鶏場とか見たことないんか?不幸とか倫理みたいなツラしてんなよ。道徳の授業じゃねえ。

これの本当最低なところは一見「正しいこと言ってます」みたいな面してるのと、結構良い数の「いいね」が付いてるところなんだよ。叩きは良いね付かないけどこういう浅い浅いバカみたいな綺麗事には「あ、たしかに動物たちを傷つけてるワ!」つって良いねが付くんだよ。何も考えてねえバカに何も考えてねえバカが加勢する。それがただの数字になることで個も詳細も打ち消してただ「正しさ」や「説得力」だけを増長させる。ほんとにまじでクソカスシステム。

何かを傷つけずに人を救えるんならやってみろよ。何かを為せるならやってみろよ。お前らが口先で「誰々が傷ついてます」と言ったところでなにか解決するのか?臭いものに蓋だけして目の前からそれらを排除しても、「それ」は消えないんだよ。ずっと存在するぞ。目の前だけとりあえず綺麗になればいいって色んなもの排除していく様はほんとオタクが叩いてるポリコレやツイフェミと変わらない。不快感や脳みそ使ってない正義感しかない。それでどんどん面白い物が消えていって、面白いものを書こうとすると何の役にも立たない正義感によるブレーキを掛けられる。

加藤純一の配信自体はそんなに見ないけどたまたま見た切り抜きで「荒らしはムカつくけどいても別にいいじゃん」と言ってた。それはものすごく賛成で、存在そのものを認めないのはただの逃げでしかない。荒らしがいたって差別があったってお前が思ってるより誰も傷つかないから自信持って生きろよほんとに。ていうかそいつらも生きてるし。生きてるやつが邪魔だからって排除したら粛清じゃん。相模原の植松と考え方の根本が一緒。

俺もいじめが良いとか人に迷惑掛けまくっていいとは思わないけど、それぞれ生きてたらそれぞれエゴがあるんだから多少ぶつかるだろ。それは死なない範囲でお互い迷惑を被りながらどうにか暮らしていくんだろうが。正直弱くあろうとしすぎ。弱くて傷ついてそれで死ねるなら相手のせいに出来るからな。確かに線引は難しいけど、ただ最近の傾向として弱いが得なんだよ。弱くなってバブバブ言ってるのが楽だし、それで傷ついて「私を傷つけた」って言えば炎上して通っちゃう時代だからなあ。でもそれは嫌だなあ。強くなろうと生きたいよ。

死語だろうけどKY(空気が読めてない)っていう日本の同調圧力を表すかつての流行語がある。同調圧力や空気読めってのは好きではないけど今みたいに不快なものを認めないとかそれを正しそうな言葉で包んで賛同を得るとか、すごい弱いふりをして傷付けられたから辞めてくださいとかいってたら、折角楽しかったもんも楽しくなくなるでしょう。繰り返しになるけどお前らがそうやって言っても見えなくなるだけで消えない、ディストピアみたいになるだけだよ。禁酒法時代みたく闇取引の「強い言葉」がいつか溢れかえるだろうよ。

多少の迷惑くらい認めてやろうよ。多少の差別くらい認めてやろうよ。傷ついても死ぬ前に「それは私に効くから辞めてください」って言えばいいじゃん。強くなることは諦めるなよ。人に文句しか言えないやつがいて、「文句ばっかりのやつは帰れ」って言って、その場は良かったねってなるけど、そいつは存在するんだよ。家で膝抱えてもっと拗らせるんだよ。逆にこっちから文句言い返して笑い合えるくらい仲良くなればいいじゃん。コミュニケーション能力を鍛えよう。

 

めちゃくちゃ同じ話を何度も繰り返しているけど、それくらいもう「なんだかなぁ」って感じ。

 

あと「推し」についての話。ツイートでは推しに頼るなみたいな感じで書いたけど、まあ推し自体はいたらいい。俺も好きなユーチューバーとかキャラクターとか沢山いるし。

ただ推しに全体重掛けるのは自分の弱さを肯定して強くなることから逃げようとしてるだけじゃないかって思う。これもまた線引き次第バランス次第だから繊細な話だけど。

俺が一番思うのは「お前の物語の主人公はお前なんだから」ってことで、推しがあんたに沢山の幸せを与えてくれるのかもしれないけど、それで死ぬ時大丈夫なのかなあ。まあこれは俺の思想・哲学だからそいつらは満足して死ねるのかもしれないけど。俺は、あくまで俺は何もない自分を推しという偶像で埋めても、瞬間瞬間は良いかもだけど、死ぬ時に人生振り返って「俺何してたんだろう」って後悔しちゃうと思うなあ。そういう意味で与えられた幸せに逃げるなってこと。

 

まとめ

 

俺も漫画のコメント欄のしょうもない言葉でこれだけキレてる上にこんなどうしようもない場所にぶつけることしか出来ないからすっげえ弱いし、「深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いているのだ…」というように怒って思想ぶちまけてる俺もコメント欄の奴らとそれほどの違いはないのかもしれない。けどムカつくもんはムカつくからね!

言いたいのは世の中の正しそうな言葉は「正しいフリ」してるだけ。今は正しいふりしてるやつが勝っちゃう時代。そんな言葉に賛成するな。あと「正しさ」で何もかも排除しても排除されたものは消えない。排除の先にはもっとデカイ格差の苦しみが生まれるだけ。だから「みんなで」叩くのと同じくらい「みんなで」する称賛は良くないのよ。叩くのも褒めるもの一人で出来るようになりたいよね。ただ今一人でやってもみんながグッドボタン(RT・いいね)押して勝手に「みんな」にされちゃうからインターネットが悪いんだよ。インターネットって小学校みたいなもんで、普通の社会ならまだ距離を保ってそれぞれの生き方が出来るのに、インターネットは全員同じ教室に打ち込まれるからね。見たくねえ不良や喋りたくもねえガリ勉が隣の席に座って、不良もガリ勉も同じように俺のことをこんな性格の悪い根暗野郎の隣りにいたくねえと思ってるから。インターネットは小学校なの。インターネット潰れねえかなあ。結論「インターネット潰れねえかなあ」。プロトが出てきてインターネット潰れねえかなあ。

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プロト

終わり

ツイートがだるい

Twitterって「今日のご飯はこれ!」とかって書くもんで、持論を語る場じゃねえ(今更)

 

そもそもついったはミニブログなので1ツイートに収まらない話はもうブログだろ。(今更)

 

インプレッションを得やすいから仕方ないんだろうけど、それは商業野郎の論理だ。そんな資本主義大好きで流れ星に「金金金」と願うような奴らのやり口に乗るな!エース!

 

そういう訳で持論を語ろうと思います。

誰にも読ませる気ない可読性の低いブログを作っておいてなんだけど、見出しって悪手だよなって話。

新聞をはじめ本でもなんでも大抵「見出し」を目立つように書いて、小見出しとか押し出しとか寄り切りとか上手投げ下手投げ色々あるけど、これって能動的に読む時に役に立つデザインだよな~って思ったの。

自分が読みたい題材があって、その題材を探す時に見出しやインデックスがあると探しやすいっていう。

でもさ~、他人のブログなんてそんな本気で読まないじゃん。めちゃくちゃ興味あるなら別だけど、基本的にはなんか適当に映画の感想ググって上の方に出てきたやつをちょっと読んでみるかくらいじゃん。で、そんなノリで流し読みする時にさ、

 

良かったこと

悪かったこと

本論

結論

 

みたいに強調されてもさ、流し読みじゃ全然頭に入ってこないんだよね。良かったこと悪かったこととか書いてたんだ~、じゃあブラウザバック♪ってなっちゃうよ。

だから逆に(逆に?)大文字、強調文字だけ読んでも内容が伝わる部分を強調した方が良いんだよ。

オモコロの人らはそうしてんだよね~。今風のブログデザインってことだね~。考えてるよね~。偉いよね~。

 

そんなことを思った。

もしかしたらかなり常識なのかもしれないけど自分で発見したから嬉しい。自分で発見するのは嬉しい。この新たに世界を切り開いてやった感に水を差すやつは奥歯ずっと気になれ。

 

終わり

映画『ゾンビーワールドへようこそ』

映画『ゾンビーワールドへようこそ』見たが

うーん、良さげなのだけど星3強4弱くらいかな~。主人公が良いやつなのは好きなんだけど。

 

あらすじ

だーれにも人気ないボーイスカウトを小さい頃からやっているズッコケ三人組。全然人は集まらないけど、その中のひとりの太っちょがボーイスカウトの結構いい賞(?)を取ったので、それを祝うために皆でキャンプしようなと約束。しかし残りの2人、主人公ととにかく女にもてたいヤツはボーイスカウトは人気もないし、子供っぽいし正直もうやめようと考えていた。キャンプの日、辞めたいと思っている2人がキャンプ場に向かう途中、主人公が思いを馳せてるパリピなクラスメイトに会い、夜中に開かれるパーティーに誘われる。とにかく女にもてたいヤツは夜中にこっそり抜け出そうと言うが、主人公はずっと迷っている。主人公と太っちょは「一生ボーイスカウトやろうな」と約束するが、女にもてたいヤツの誘いも断れずこっそり夜に抜け出そうとする。しかし車に乗り込んだところで太っちょに見つかり喧嘩。そのまま別れパーティー会場へ。

主人公と女にもてたいヤツはディスコ的なところに行くが、なんとそこでゾンビに襲われてしまう。

ゾンビに襲われながら出会った気丈な不良娘と攻撃を躱していく。太っちょの方は太っちょの方でゾンビの追撃を躱す。

そうこうしているうちに再びであった3人は異常な事態に仲直りもせぬままゾンビとの追いかけっこをしていく。その途中、出会った事情を知る警察官みたいな人が言うにはウイルスが漏れているから、数時間後にこの街自体を爆破するという。皆逃げようと言うが主人公は誘われたパーティー会場に人がいるはずだからその人達を救おうとする。

「いまこの町を救えるのは俺達だけだ」。ボーイスカウトはダサいダサいと言われ続けたが、ボーイスカウトの技術を使ってそれじゃ皆を救いますか!とパーティ会場へ向かう。

ゾンビで荒れ狂うパーティー会場を、仲直りした3人が自作の爆弾を使って吹き飛ばし、主人公は自分に自信がなくて誘えなかった女の子を、一緒に冒険した不良娘に教えてもらった度胸で誘い告白成功して終わる。

 

ま、まとめられねえ…。下手か?

 

感想(前置き)

自分の好きを見つける。嫌いな話もどうやったら好きになるか考える。それが物語を作る訓練となるってもう世界中の人がハミングで言ってるから。3度でハモってるから。必死なので口に気を付けてる暇なんてないぜ。すまんね。

 

感想

そんなに嫌いではないんだけど、なんだろうなあ。

いつも言ってるように主人公が良いやつであって欲しくて、そういう意味ではすごい良いやつで好き。思春期だからボーイスカウトっていう子供っぽいことは辞めたいって思いながらも、ボーイスカウト好きな友達を裏切りたくはない。けどそいつのためにずっとボーイスカウトするのもなあ。と思ってたり、女にもてたいヤツが目先の性欲しか見てない対比で主人公は気を遣えたりってのは好きだな。最後爆弾の火を着けられない太っちょを置いて皆逃げていったのに、主人公は「おい早く行こう!」って待っててくれたり、自分たちを騙したパリピ共を助けに行ったり、やっぱそういうやつは見てて気持ちいい。

なんかもっとこうだったらなあって言うのが2つあって。

一つはこれゾンビもの全般に言えるんだけど、能動的な目的がなかなか出てこないんだよね。襲ってくるゾンビから極限で逃げるって話になって、極限状態って面白いんだけど、ただやっぱり勝利条件が見えない戦いは俺はあんまし好かん。アイアムアヒーロー』も良かったけど受動的に逃げるだけになるからなんかダレるんだよね。「ここにたどり着いたら俺らの勝ち!ゾンビの負け!」とか「一日耐えきったら勝ち!」くらいハッキリした勝利条件があると好きになる。

もう一つは、最初に3人が仲違いしたから3人が仲良くなる話だと思ったんだよね。で、仲良くなる話ではあるんだけど、ピークが「ボーイスカウトでも世界を救えるところを見せてやろうぜ」だったのよ。けど別にボーイスカウトがダサい、役に立たないみたいな印象貰ってなかったのね。女にもてたいヤツはずっとボーイスカウトがダサいのが悪いみたいに言ってるけどそれは外部に責任転嫁してるだけだし(要はモテたいヤツ個人の問題で作品全体の問題ではない)、主人公はむしろボーイスカウトの技をちょこちょこ役に立ててたからダサい印象なかった。

だからもっとボーイスカウトが迫害されててそれを全員が根に持ってる、コンプレックスに思ってる。それかボーイスカウトの技をパリピに見せたら「わおwお遊戯会か?w」とか言われる。だけどその技を使って最後に皆を助けバカにしたパリピに感謝されるとかって逆転があったら好きだな。

仲良しになるくだりが、ラストのラストで入るんだけど、「ボーイスカウトが世界を救えるって所見せてやろうぜ」のところで仲良くなるともっと良いなあって思うんだよな。ボーイスカウトがどうとかじゃなくて、単純に3人がまず仲直りする。ただ単に死線をくぐり抜けてボーイスカウトを言い訳にしてたけど、やっぱ俺お前らのこと好きだよ。大切な友達だ」とかいう感じで。で、みんな「そうだそうだ。仲直りしよう」からの「それじゃあバカにされてたボーイスカウトの力で、この町を救うか」「応!」ってくると気持ちいなあこれな!

最初のキャンプの時に薪に火を着けるのに火打ち石で着けられなくてライター使っちゃたのが、ラスト爆弾に火を着ける時、今度はライターがないから火打ち石で、ってなったのは熱いな。俺的にはあそこもっと時間割いて太っちょが「僕に任せて」つってなかなか火が着かなくてみんな焦るんだけど「僕はすごいバッチを持ってるんだ!」という矜持でみんなを守る火を着けるとかしても全然良い。最初にバカにされて「もう火打ち石とか無駄なことやめようぜ。ライターでいいじゃん」って言ってたのが、ラストで「これが僕のプライドだ」って誇りに変わる瞬間好きだからな。

あとは話の流れとは関係ないけど危険な動物にあったら逆に威嚇するんだってゾンビと威嚇合戦して最終的にデュエットするくだりは好きだった。緊張状態で戦わないで戦うの好きなんですよ俺。まず話し合おうとするとかね。そういう事するの人の良さが見えるしね。

それで言うと音楽に反応するみたいなのが伏線になるのかなと思ったら全然機能しなかったのはなんなんだ。せっかくなら使えよ。

 

まとめると

主人公が良いやつだととりあえず見えるし、嫌な話にはならないから良いよね。人を見捨てないからさ。

最終的に何もかも上手く行ってはいるんだけど、それが一個「周りのことやステータス、性欲に振り回されずに友達でいたいやつと素直に友だちでいる」とかっていう何かで改善されて欲しかった。現状、主人公が好きな人と報われるのはまた別の話が展開してるし、ボーイスカウトの話も友情とは別のプロットがあるっぽい。一個図太いテーマでまとまってるほうが好き。

ゾンビに関しては俺はゾンビ自体にすごい興味やこだわりがあるわけではないのでゾンビが出るだけでテンションは上がらず故に「ゾンビ」というフィールドを使ってどうするか、の方が気になるな。例えば『新感染』みたいに列車に詰め込んで前の車両に進んでいくとか。ノーマルなゾンビならゾンビを使った人間関係を見たい。

そういうえばとにかく女にもてたいやつがケツ噛まれたから絶対ひと悶着あると思ったのに何もなかったな…。

 

終わり

映画『河童のクゥと夏休み』

映画『河童のクゥと夏休み』見ちょぱ

2年前のじいちゃん死んだ時、通夜直前に見て以来二度目の視聴。星4上げちゃう。ガッとは来ないけどじんわり来るね。

 

kai-you.net

 

あらすじ

蹴り投げた靴がクラスの女の子にぶつかっちゃって周りの男子に「ひゅ~気があるの~?」とからかわれると「誰があんなブス!たまたま当たっただけだ!」とか言っちゃうようなTHE・男子な小学生の男の子が主人公。その少年が水路にあったなにかの化石を持って返って水で洗ってみるとなんと河童だった。

その河童は数百年前、江戸時代に父親を侍に殺されて、その時に起こった地震に飲まれそのまま化石化していたのである。

少年は「くぅ」という鳴き声から河童に「クゥ」と名付け、他の人にばれないように家族でその河童を飼うことに決める。河童のクゥと少年の家族、そして飼い犬は河童の仲間を探したり相撲をとったり遊びながら絆を深めていく。

ある時、仲間探しに遠野に行くも、そこに住む座敷わらしに「河童はいない」と言われトボトボ帰宅。しかもその日に河童の存在が記者にバレてしまう。

噂はまたたく間に広がり、毎日毎日家に野次馬が押し寄せるようになり、テレビに出演してくださいなど強引な日々が始まる。

ある日仕方なくテレビに出演したが、ゲストの民俗学者がなんと河童の父親を殺した侍の子孫で、切り落とされた父親の腕を持ってきた。クゥはそのことに動揺し、念力を発動、カメラや照明を破壊し逃亡する。

助けてくれる飼い犬と共に奇異の目で見つめる人間から逃れようとするも、どこにも人間がいない場所はなく、途中で飼い犬も轢き逃げに合う。どうしようもなくなったクゥは巨大なタワーに登ってビル街を見つめながら「もう父ちゃんのところに行きたい。飛び降りて楽になりたい」と願う。

しかしその時空から龍が舞い降りて、人間世界の上空を舞う。その姿を見たクゥはもう少し生きてみようと決意する。

その後、家族たちは開き直って普通に暮すが、クゥのもとに仲間の妖怪から一通の手紙が届き、クゥは家から出ることを決める。

「また会おうね」という約束をし、クゥは沖縄に旅立つのであった。

 

みたいな…。プロットが複雑やな…。

 

感想(前置き)

好き嫌いを話す場。真剣10代しゃべり場ですここは。カレーが好きマンゴーが嫌い、みたいな好みの話をするだけなので、まあ癪に障ったらすまんね。

 

感想

この話です!ドーン!みたいなのがなく、ちょっと難しいんだけど、全体的にキャラの描き方やリアクションがリアルですごい良いです。河童を見つけた時に母親は「いやだいやだ近づかないで」って言うんだけど父親は好奇心旺盛に見たり、父子男同士で分かり合う感覚とか、妹がカタツムリ持って来た時河童に「マイマイか」「ばーか、カタツムリです!そんなのも知らないの~?ねえお母さん」って言った後母親に「いや、あの、マイマイとも言うのよ」って返されるのとか、すげえリアルだよね。

特に妹のリアクションが俺は好き。河童が妹のカタツムリ食うとかあって、妹はずっと河童のこと嫌ってたんだけど、ある日河童がその時のお詫びに綺麗な石を渡すのね。その石を妹は「ありがとう」も言わずに見惚れるようにずっと見つめてふわふわしながらソファに座ったりして。それでなんか嬉しさが伝わるのがいいし、妹のキャラらしくてすごいなあと思った。しかもそれでも河童に対する対応はそんなに変わらなかったのに、最後の最後お別れする時に「やだ~」って泣くんすよ。めっちゃ好きじゃん!ていう、俺が子供の頃に来てた大好きな親戚のおじさんが帰る時の頃を思い出して「すごいリアルなリアクションだなあ」と。

あといじめの描写がめちゃくちゃ上手くて、ひどくないんすよ。ひどくないのに心がウッとなる。クラスの女の子が本読んでたら黒板消しを机にぽんと飛ばされて、いじめっ子がただクスクス笑ってるとか、履こうと下においた靴を蹴られるとか、リアルなんだよなあ。すごい。

息子が遠野に一人で行くときの母親の感情もすごい良い。息子からしたら気遣いとかちゃんと準備したの?とかすっげえ鬱陶しいんだけど、母親からしたら小学生が新幹線で一人旅に出るのってすごい怖いんだよね。気が気じゃなくて、なのに出発の日も息子は振り向きもしない。父親はそんなに心配してなくて「恥ずかしいんだよ」なんて軽く言うから「もう」って殴っちゃう。こういう「自然~」と思わせられるリアクションって良いよねえ。

 

あとクゥの純粋無垢な感じも好き。初めて見た海で「こんなしょっぺえ水の中には魚はいないだろうな」「何いってんだよ。クゥが食べたのも海の魚だよ」「ええ~」とか、知識はないけど敬意はあって、自然に近い妖怪のやつ感が強くて好きなんだよなあ。

 

それと夜中クゥが小さい電灯だけの夜の町をこっそり歩くんですが、その異世界感がすごい好き。飼い犬とテレパシーで会話したり、ぽつんぽつんと明かりがあるのが、人間の世界と人間ならざるものの世界の交わる所、時間帯って感じで良い。

 

飼い犬のエピソードも好きで、まあこれは前見た時もTwitterに書いてあるから詳しくは書かないけど、昔の飼い主に虐められて外に出て今の家族に拾われて幸せだったけど、何か他にできることあったんじゃないかなあって後悔しながら死ぬのが可哀想というか、「そんなことないよ」って言ってあげたくなるから好き。

 

最初に言ったように話のテーマがどかんとあるわけじゃなく、物語的にはピークになる龍降臨の部分も難しい。俺の解釈だと、妖怪は住む場所もなく人間に駆逐されて続けて、クゥもそれを悟って疲れて死にたくなるけど、人間なんかに駆逐されない、人間如きには触れられもしない人知を超えた存在はいるぞ!どうだ!おら!という龍だったのかなあと。これは俺が都市伝説を専攻してたのもあって、どんどん人智の及んでないファンタジーな領域がなくなってる、想像を超えるものも場所もない、見えない営みなどないんじゃないか、って解釈をしたんですね。そこに「そんな訳無いだろ!」って龍が出てくる。クゥのお父さんが龍を呼んだと言ってるので、「人間に負けるわけないから頑張れ」という父親からのエールのだったのかなと。

 

でその後は、一緒に暮らせない異なるもの同士が同じこの世界に住むこととはって話かな。

誰も仲間がいないやつが一人で戦うことの怖さと強さをクゥに教えてもらって、ヒロインの子と仲良くなれるのとか、ヒロインの子はヒロインの子で自分の居場所を探し続けたクゥを見て自分も自分の居場所はないなんて悲観せずに自分で飛び込んでいかなきゃって思うのとか良い。

一番グッと来たのは、お別れして結局別々に暮らすことになってしまい「一緒にはいられないのか」と思わせながらも、クゥっていう人間に貰った名前があるんだ、っていうオチが一緒に暮らす以上の繋がりを感じさせて良かった。人間世界でのことで、なにか残ることがあるというのは良い。

 

まとめると、リアルかどうかは別として「リアルだな」と感じさせるリアクションや、だからこそ主人公や妹が大人になった時、未知のものにどう対応するか考えると面白かったり、あとヒロイン出るシーンは軒並み好きだった。公園のベンチで木漏れ日の中とか場所がいい。河童とお別れする時にコンビニの前で待つのも、知らない町のなんでもないコンビニの前っていうのが良いんだよなあ。特別じゃない特別な場所。

 

終わり

映画『12モンキーズ』

映画『12モンキーズ』見たのである。

星4弱、3強にしておこう。この時代のSFが好きだからというただそれだけ。

 

あらすじ

人類がやばいウイルスで死滅し、生き残った人間は地下にいる未来。服役している主人公は労働として防護服を着せられ地上に出てサンプルを採取する仕事をさせられている。

ある日真面目な勤務態度が上層部に認められ、タイムマシンで過去に向かいウイルスがばら撒かれたその日を止めに行く任務を与えられる。

だが、過去で「未来がやばい」とか言っても心の壊れちゃったヤバい人だと思われ精神病棟に入れられる。「嫌な現実から目をそむけるためにあなたが作り出した妄想なのよ」

過去と未来を行き来し、精神科医と話しているうちに主人公は人類が死滅した未来のほうが妄想な気がしてきてこっちの過去の世界で生きようとするが、逆に精神科医の方は彼が言ったことが正しかったり摩訶不思議な出来事を見たりしてだんだん彼を信じ始める。

そして2人は協力し、ウイルスをばら撒いたやつを見つけるのだが、それは止められず、果たして彼の考えは現実なのか妄想なのかも分からないまま…。

 

感想(前置き)

藤田和日郎先生は言った。好き嫌いが君の武器だと。武器を磨きたいんだ俺は。そんな感想です。

 

感想

これは面白いとかじゃなくて、本当にただ雰囲気が好きっていうあれ。テリー・ギリアム未来世紀ブラジルを見たことがあるんだけど、あれを話し全然覚えてないけど場面場面は印象的で好き。

スチームパンクなガジェットや、檻から出る時に鎖が垂らされて出るという密度重視の設計、ごみごみしてざらついた埃っぽい街並み、真っ白くてテレビのCMが流れ続ける精神病棟、良いですねえ。

話も結構良くて、自分に与えられた大義のために「正常と異常」という圧力の中戦ってみるが、最後まで自分が信じてることが嘘か本当か分からないってのが好きなんですよね。唯識論ぽい「世界は畢竟、自分の頭の中だけで想起されているものなのでは」というサイバーパンク的な考え。よくでかい試験管に脳みそだけ浮いてて自分は肉体を持って生きてるんだって考えてるやつあるんじゃん。あれね。あれを俺は勝手に「90年代のやつ」と呼んでます。

マトリックスFF7もそういうところがあってね、疑う余地すらない世界の基盤がグラっと崩れた時、何をするのかってのが好きなのよね。選ばれた者かと思ったらただの一般市民でしかなかったっていう。ブレードランナー2049もそうだよね。でも選ばれた勇者じゃなくても生きる意味ってあるもんねえ。ただ12モンキーズはそこまではいかない話っぽかった。正直全部は理解してないと思う。

ま、兎にも角にも美術が好き。めっちゃ金掛かってるよね多分。

広い部屋に医者がズラッと並んで主人公がパイプ椅子に座ってる面談とか、未来の上層部に話しかけられる時に椅子が高いところにウィーンて上がるのとか、ああいう細かいところが好き。

 

終わり

ジャンプ+『探偵なんですが』

ジャンプ+読切『探偵なんですが』の感想

 

shonenjumpplus.com

 

あらすじ

マジもんの探偵が取りこぼす「探偵の下請け」としての探偵をやってる高校生の主人公は、職業柄目立たないように学校生活を送っていた。というのに、ギャルっぽいパリピに告白される。

主人公はなんかの罰ゲームで告白されてるだけど考えるが、ヒロインの子はその気にさせようとグイグイ来て、一緒に探偵の仕事をすることになる。

 

感想(前置き)

俺の全ての感想は好き嫌いで構成されていて、いうなれば「上司にするんだったらこんな人が良い~」「こんな同僚いたら仕事やってやれな~い」という一種の自己紹介みたいなもんなので、もし気に障ったら木を触って、マイナスイオンのシャワーを浴びて気持ちよくなってくださいね。

 

感想(本番)

トータルで言うと惜しい、俺の好きな物語としてはちょっと弱い。

んだけど!すっげえ俺の好きなタイプの恋愛関係なのね。

俺は女の子がすっげえグイグイ来る話が好きなの。で、男の子のほうは女の子のこと好き(というか10代の男子が持つどんな女の子でも話しかけられるとドキドキしちゃうやつ)なんだけど小学生男子みたいな自意識とか「自分が好かれる訳ない」とか「飢えてるクラスメイトとは違うから」って考えでめっちゃフラットに保とうとする。そこに女の子がフッと隙を見せて見とれちゃって、女の子の方もそれに気付いて「あれ?今私に見とれてた?」みたいにニヤニヤしてくる。そういうシチュエーションがすごい好きなんです…!

という訳で、この読切の好きなシーンを上げていくぜ。

とにかくここ、この一連のシーン!ってのがあって

イケイケ(死語)なヒロインの子が地味な主人公を好きになった理由を語る場面。

席が隣同士の時、テストの丸付けを交換したら、主人公はヒロインの満点のテストに大っきい花丸つけて返してきてヒロインが「あっ、こいつ(地味な主人公)こういうやつなんだ」って気になり始めるって場面。このなんの気ないユーモアから惹かれるってのが好きだなあ。

その後気になり始めて目で追っていくうちに猫と弁当食べてたり一人だけ真面目に掃除してるのを見て好きになっていったってのも、この内容が素直なやつと言うか小学生っぽいと言うかマイペースというか、棘のない2000年代のラノベの主人公っぽいというか、好き。

で、それを聞いた主人公が自分で自分のそういう面を気にしてなかったというのもあって恥ずかしがるんだよね。その様子を見たヒロインが「あれ?探偵として尾行はするけど、自分がこっそり見られるのはダメなんだ?」って、してやったりの顔赤らめ汗顔で言うのがもうね、ここが個人的に最高のハイライト。

最初言ったように正直トータルで見た時ちょっと好きと言いづらいの。あんまり探偵の意味がないし、尾行させるために探偵入れましたって感じで何の話だったかよく分からんし。主人公がこんな自分のために一生懸命になってる女の子に、最後になにかしてあげる、出来るようになる話だともっと好きなんだけどね。主人公が受け身でどうなりたいかってのがないのよ。だから恋愛を楽しめばいいのは分かるけど、恋愛の「何を」楽しめば良いのか分からないから、読み終わった後に「〇〇ってええなぁ!」ってハッキリとしたことが言えない。俺は恋愛を楽しみつつも人間が成長する話が好きなんでね。

けど個人的ハイライトの例のシーンがある。それだけでプラス2億点や…。

 

ハイスコアガール』で日高ちゃんが強硬手段でめちゃくちゃ攻めてきて、でもそれに答えるわけにはいかないハルオとか、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の電車シーンとか、『ハローサマー、グッドバイ』でブラウンアイズが「私みたいな可愛いらしい子が彼女なんてすごくない?」って言ってくるとか、男側の恋心を試してくるみたいな恋愛が好きすぎて好きすぎて…。

 

この漫画、表情と手がかわいいね。一ページ目最後のコマの「もじ…」っとしてる手や見開きの表情がいい。

 

あとは主人公の親父とかみんな割と気さくなコミュニケーションの感じに、俺の大好きな田島列島先生の風味を感じて、チューニングが合いましたね。

 

まとめ

俺のドキドキ恋愛性癖を語るという回でした。

10代半ばくらいの青臭い通り越してちょっと子供っぽい恋愛、じゅるり…ですよ

 

終わり